講師インタビュー

インタビューVol.1

新崎隆子先生

神戸大学文学部卒業。青山学院大学大学院国際政治経済学研究科博士課程修了(国際コミュニケーション)。公立高校の英語教員を務めたのち、国際会議やNHK放送で通訳者として活躍。複数の大学でも教鞭を執る。『通訳席から世界が見える』(自著)、『英語スピーキング・クリニック』(共著)、『最強の英語リスニング実践ドリル』(共著)など著書多数。

担当コース

本科「通訳基礎」「同時通訳基礎」「同時通訳Ⅱ」
特別講座 「通訳リフレッシュ講座」

ご自身のキャリアの中で、特に印象に残っている仕事は何ですか。

たくさんありますが、『ソフィーの世界』の作者ヨースタイン・ゴルデル氏の来日講演の通訳では、深い哲学を学びました。また、ロールシャッハ包括システムを開発したジョン・エクスナー博士からは、心理学の世界をのぞかせていただきました。他にも多くの分野の指導者にお会いしましたが、一流の人たちには共通の気迫と情熱があると感じました。放送の仕事では2001年の米国同時多発テロ事件を第一報から同時通訳したことが忘れられません。

通訳者になって良かったと思うのは、どのような時ですか。

通訳者を信頼し、大切なコミュニケーションを任せてくださったクライアントの期待に応えることができたと感じたとき、またレベルの高い先輩や同僚から、通訳技術だけでなく、プロフェッショナリズムについて多くのことを学べたときです。

通訳者をめざして、挫折しそうになったことはありましたか。その時は、どのように乗り越えましたか。

通訳学校に入ったのが遅く、劣等生で、先生から見込みはないと言われていたので、最初から挫折していたようなものです。その頃はよく「ダメだということは分かっている、どうすればできるようになるのか教えてほしい」と思っていました。それは、講師になった今も心に言い聞かせています。ダメだと言うのは簡単です。どうすればうまくなるのかを教えられなければ、講師の資格はないと思います。失敗した時に立ち直る最良の方法は、失敗と正面から向き合うこと。絶対に逃げてはダメです。自分のパフォーマンスをよく振り返ること。すると、確かにミスはあっても、まずまず良かったと思う点も見つかります。できることと、できないことを把握すれば、どんな勉強が必要かが見えてきます。効果的だと思える練習方法を考えつくと、わくわくして練習の効果を早く試したくなります。そうやって乗り越えてきました。

ご自身で力を入れて取り組んでいる勉強法はありますか。

まだ衛星放送もなかった頃は、FEN(AFN)の定時のニュースを聞いてリスニングの練習をしていました。一日に何回も聞いていると、同じニュースが繰り返されることが多いので理解が深まりました。その時に心がけたのは、聞き取った内容を日本語でサマリーして誰かに聞いてもらうようにしたことです。仕事から疲れて帰って来た哀れな夫が勉強に付き合ってくれました。訓練を受けていた頃から現在に至るまで続けているのはサイト・トランスレーションの練習です。これは通訳のための基本的な情報処理技術なので、全く資料が手に入らないような講演会や会議の仕事をしなければならないときは、発言者が過去に行ったスピーチの原稿をインターネットなどで探し、サイトラをしておくと大変役に立ちます。

海外生活経験が無いため通訳者になるのをためらっている方がいます。そんな方へのアドバイスをお願いします。

私は海外生活の経験がありませんが、通訳者になりました。通訳は日本語と英語の力が必要とされるので、日本での生活が長ければ日本語力にプラス、英語圏での生活が長ければ英語力にプラスと考えればよいのです。英語圏の生活体験がなければ、英語の語彙力や語用に関する知識が不足していることを自覚して努力し、日本語の強みを活かすようにすればよいでしょう。要するに、日本であろうが海外であろうが、どれほど豊かな言語生活をしてきたかが問われるのです。雑誌やミステリー小説ばかり読んでいたのか、それともレベルの高い文学や専門書を読んでいたか、身近な日常生活だけでなく、世界や社会の問題に関心を払ってきたかが通訳者の資質を決めると思います。

通訳者にとって最も大切なことは何ですか。

通訳者にとって最も大切なことは、原発言を歪めることなく正確に訳し、決してコミュニケーションに介入してはいけないとされています。通訳の教育でも、できるだけ言葉を逐一、他の言語に変換することが強調されます。しかし、実際は、単なる言語の変換では十分なコミュニケーションの疎通が図れないことも多く、通訳者はさまざまな工夫をしながら当事者の相互理解を助けなければなりません。従来の通訳訓練には、この視点が欠けていたために、学校で教わった通りにしたら、クライアントの信頼を失ってしまうという不満もでていました。これからの通訳訓練には、多様なコンテクストや人間関係、発話の意図を考慮し、言語間だけでなく、異なる文化の間をつなぐという視点が必要だと思います。

先生が担当しているクラスの特徴を教えてください。また、特に重視していることは何ですか。

「通訳基礎」は、初めて通訳訓練を受ける方のための逐次通訳のクラスです。英→日通訳と日→英通訳の授業が隔週で行われます。このレベルでは徹底した基礎技術の訓練をします。「同時通訳基礎」は初めて通訳訓練を受ける方から、基礎クラスを終えた方、すでにお仕事をしている方まで、多様なバックグラウンドの受講生が参加しています。通訳の基本的な技術の解説もしますが、実践的な訓練が中心です。「同時通訳II」は現場に出る直前の優秀な受講生が参加しますので、大変レベルが高く、その後のキャリアに繋がるような指導を心がけています。「通訳リフレッシュ講座」は、すでにプロ通訳者として活躍している方や長年通訳訓練を受けている方のためのクラスです。通訳を理論と実践の両面から見直し、技術的にも仕事上でも、新たな成長の機会にして頂きたいと思います。

多くの著書がありますが、今回、初めて英会話の本を執筆したと聞きました。本を通じて伝えたいことは何ですか?

英会話は自分の専門分野ではないので、難しかったです。コンセプトは「初心者でも、最低これだけ言えれば、自分の足で外国の街を歩ける会話集」ですが、必 ず、誰かに何かを尋ねる表現と、相手の答えを受けて、さらに何かひとことを返す表現をセットにしました。最後のひとことは、出会いを楽しい思い出にした り、さらに会話を続けたりする効果があります。 「Thank you」以外の、最後のひとことを考えるのに、何時間もうなったことがありました。これまで経験した、会話の失敗など個人的なエピソードも盛り込んでい ます。

多忙な毎日の中で、リフレッシュのために何か心がけていることはありますか。

通訳を始めてから15年ぐらいは、仕事の準備以外、ほとんど何もしない毎日を送っていました。しかし、あるときから、良い仕事をするには、知的能力だけでなく、身体と精神の鍛錬も必要だと考えるようになりました。自然に任せていると、知的活動の比重が大きくなるので、身体的な活動としてピラティスとボクササイズを取り入れ、精神的な豊かさを求めて、数年前から主人とふたりで茶の湯のお稽古を始めました。茶道の所作はもちろんのこと、立ち居振る舞いに至るまで指導は厳しいですが、和服に着換え、一服の茶を立てることだけに集中するときは、なんとも言えない解放感に満たされます。しかし、もっとも心を慰めてくれるのは、飼い猫のフローラかもしれません。