卒業生メッセージ

Vol.3

鬼頭 真理さん

職業
フリーランス通訳者。NHKでは放送通訳者として、国際会議・記者会見・セミナーなどでは会議通訳者として、幅広く活躍中。
受講歴
「日→英同時通訳」「同時通訳」「放送通訳」(※現在は、コースの構成や講座の名称が異なっています。)
受講した
きっかけ
すでに通訳者として仕事をしていたのですが、第一線で活躍中の先輩通訳者に勧められ「日→英同時通訳」を受けることにしました。優秀な講師陣が揃っていることもさることながら、卒業生には憧れのNHKの放送通訳者として活躍の場が用意されていることは、とても魅力でした。

「日→英同時通訳」「同時通訳」「放送通訳」の複数の講座を受講されましたが、それぞれの講座で印象に残っていることを教えてください。


「日→英同時通訳」を卒業した後、「同時通訳」の受講を勧められました。日→英のみならず、英→日のスキルも強化して、バランスの取れた通訳者になるためです。当時、講師から指摘された点で今でも注意しているのが、声のコントロールです。生まれつき声が高いので、少し低めに抑えて訳出に説得力を持たせるようにとの指導を受けました。訳すだけで精一杯だった私にとって、目からうろこが落ちる思いでした。その後、「放送通訳」を受講したのですが、会議通訳者としての仕事を始めていた私にとって、放送通訳の勉強は容易ではありませんでした。放送通訳者は、特定のジャンルに限らず、常に国内外の政治動向、社会情勢にアンテナを張っていないと、現場で突発的なニュースに対応することができません。放送通訳のトレーニングは、政治や社会の動きを追う意識も身に付きますので、国際会議の仕事にも大いに役立ちます。

ご自身で徹底的にやってきた勉強法やお薦めの勉強法があれば、教えてください。

読がお薦めです。私は怠け者なので、欲張っていろいろと勉強の決まり事を作っても長続きしないのですが、音読だけは続けることができました。 100円 ショップで購入したクリアケースに記事を入れ、チャック付きのビニール袋に納めてお風呂に持ち込み、声を出して読んだものです。私の悩みの種は、日英のいずれの言語においても表現が実に稚拙で、元の言語は理解しても適切な表現で訳出しができないことでした。音読は、現場で通用する表現、リズム、聞きやすい文章構成を身につける一番の方法だと、今でも思っています。会議通訳の現場で、お客様に英語上達のアドバイスを求められることがありますが、その時にも音読を薦めています。また、短大で講師を務めていますが、音読を実践する学生はTOEICスコアが伸びています。

帰国子女は通訳業務に有利だと思われがちですが、どうなのですか。英語の訳出で悩んでいる方へ、何かアドバイスはありますか。

帰国子女が有利だという説には、根拠がないと思います。両言語を同じレベルで楽に操る人はいないでしょう。 私は日本語のアウトプットに苦しみました。得意言語がどちらであれ、無理をせず、背伸びをせず、まずは正確な訳出しを心がけること、これが基本です。英語表現が稚拙だと思っている方へのアドバイスですが、難解な表現を多用する必要はありません。それよりも、発言者の日本語をしっかりと理解してシンプルに表現する方が、はるかに聞き手には理解しやすく、負担が軽くなります。そのためには、事前のリサーチで基礎知識をしっかり身につけ、現場で誠意を持って臨めば、必ず結果は出ます。また、会議通訳の現場ではお客様の大半は日本人ですし、テレビ番組の視聴者も半が日本人ですから、通訳の評価は主に日本語のアウトプットで決まります。この点においても、決して帰国子女が有利だということはないでしょう。

国際研修室で学んでよかったと思うことがあれば、教えてください。

国際研修室は、通訳者の手配業務を行っている部署と連携が取れているので、卒業するとすぐにお仕事をいただくことができました。ここに、国際研修室で 学ぶメリットがあります。これほどまでにサポートが充実しているところは珍しいと思います。仕事をするようになってからも、常にステップアップの機会が与えられてきました。自信がない、逃げたい、と思ったことは幾度となくありましたが、弱音を吐くと責任者の方が「いつまでも出来ないでは困ります」「責任を取るから心配しないで頑張ってください」などと、いつも叱咤激励してくださいました。新人に対してずいぶん厳しいと思ったこともありましたが、一方、一人ひとりの家庭事情、能力、スタミナを考えて仕事をくださることには、今も感謝の気持ちが絶えません

これから通訳の仕事を目指す方に、アドバイスをお願いします。

過去を振り返ってみると、うまく訳せずに焦ってばかりいたと思います。大先輩に相談したとき「場数を踏むしかない」と言われたことがありましたが、十数年経過した今でも、その言葉をよく思い出します。自分を追い詰めても、決して良い結果は出ません。通訳者を目指す皆さんには、焦らず、気分転換も図りながら頑張って欲しいと思います。もう一つ大切な心構えは謙虚さ。短大で講師を務めていますが、謙虚な学生ほど力を伸ばしています。通訳現場でも同じです。現状で満足するか、常に謙虚に自分を振り返ることができるかどうかで、大きな違いが生まれます。

楽しいという気持ちさえあれば、それがエネルギーの源となります。焦らず、決してチャレンジから逃げず、頑張っていけば必ず道は開けます!

通訳の仕事の醍醐味を教えてください。

常に最先端の話題の中に身を置いていることが、この仕事の最大の魅力だと思います。これは放送通訳と会議通訳の双方に共通して言えることです。

放送通訳では、刻一刻と時代が移り変わっていく中で、その一瞬をとらえるニュースの内容を、単に言語の置き換えに終始するのではなく、即座にわかりやすく訳出しをする、実に終わりのない探求です。

会議通訳では、まだ日本語の定訳が存在しないほどにフレッシュなトピックに触れることも多いです。政府間協議、記者会見、学術会議、セミナー、新製品発表会などの主催者は、実現したい目標に向けて多大な時間を準備に費やして当日に臨みます。通訳者は依頼者の意図を汲み、共に目的の実現に誠心誠意尽くすのですが、目的が達成されると、黒子である通訳者も大きな喜びと達成感を覚えます。ねぎらいの言葉をいただくと、通訳者冥利につきます。

今日はしっかりと出来なかった、と反省することもありますが、失敗もまた肥やしになり、必ず後につながります。通訳の仕事は楽しくてやめられません!

仕事のことで落ち込んでしまった時など、どのように気分転換されていますか。

自宅に戻るといつも家族の笑顔が待っています(朝ドラみたいですが)。玄関を一歩入ると家事で忙しく、嫌なことを考えている暇がない、それが私の気分転換になっています。短大で若く元気な学生と接するのも新鮮で、これも気分転換になっています。生きた英語に触れることの少なかった学生には、私の様々な体験を伝えながら、英語の楽しさを味わってもらうことに重点を置いています。海外留学を希望する学生や通訳者志望の学生も出てきており、将来有望な若い学生達を大切に育てていくことに楽しみを感じています。

特に印象に残っているお仕事を教えてください。

今も鮮明に覚えているのが、9・11米同時多発テロ事件の当日のことです。放送通訳者としてデビューまもない頃、経済番組の準備のためにスタジオへ向かったのですが、到着するとちょうどNHKの英語センターのモニターが、世界貿易センタービルに突っ込む旅客機の映像を捉えていました。一瞬、時間が止まったかと思うと、次の瞬間スタジオ内は騒然となりました。その後、アメリカはアフガニスタンに武力行使し、やがてイラク戦争へと突入していったわけですが、私も通訳者として、歴史が変わっていく場面に立ち会うことになりました。

東日本大震災の時には、早朝から深夜まで、国内放送の番組でも、海外向け放送のNHKワールドTVでも、日→英に対応できる通訳者が総動員されました。今でもスタジオのモニターに映し出される惨状を思い出すと、胸が締め付けられることがあります。

楽しかった仕事も数えきれないほどあります。ある製品発表イベントのために外国メディアに同行した時のことです。招待されていた著名な芸能人に、民放各局がインタビューすることになっていたのですが、急きょ、外国メディアにも2分間のインタビューが許されたのです。イベント開始の5分前になって、外国人記者の方々が質問事項をまとめ始めました。直前に渡された質問メモを手に、ステージの脇で出番を待ちました。各局のレポーターがスタンバイするところに2人の芸能人が登場、カメラが回り始めました。やがて外国メディアの番になると「代わりに行って!」と私だけステージに押し出されてしまいました。抵抗するわけにもいかず、覚悟を決めました。レポーターさながらインタビューを始めると、全局のマイクがザーっと音を立てて私に向けられました。各局レポーターも外国メディアの質問にメモをとります。芸能人の方にはとても丁寧に対応していただき、お陰で何とか使命を果たすことができました。後日、女性ファッション雑誌にその様子が写真入りで掲載されていました。通訳者は、こんな現場でも臨機応変に対応することが求められるものなのですね。

振り返れば、苦労した案件ほど鮮明に記憶に刻まれています。私にとっては、何にも代えがたい財産です。