講師インタビュー

インタビューVol.3

石黒 弓美子先生

USC(南カリフォルニア大学)米語音声学特別講座修了、UCLA(カリフォルニア大学ロサンジェルス校)言語学科卒業。帰国後、同時通訳訓練を受けた後、会議通訳者、NHK放送通訳者として活躍。また、東京外国語大学などで非常勤講師を務める。國學院大學修士(宗教学)。『通訳教本-英語通訳への道』『英語スピーキング・クリニック』『最強の英語リスニング実践ドリル』(共著)などの著書あり。

担当コース
  • 本科「通訳基礎」「同時通訳基礎」
    特別講座 「通訳のための英語発音クリニック」「通訳リフレッシュ講座」

「通訳基礎」では 日→英の授業を担当されていますが、英語訳出のためにどのような訓練をするのでしょうか。

まず日本語を理解するとはどのような事かを確認します。母国語だから理解に問題はないと思いがちですが、日本語をきちんと理解していないために英訳が出せないということが少なくありません。本当に日本語を理解しているかは、日→日通訳(※日本語で聞いた話の内容を、もう一度、自分のことばにして置き換えること)をしてみるとわかります。次は、英語運用能力の強化です。聞取りと理解はできても、なかなか英語が出てこないという経験を持つ方は多いと思います。単に単語だけではなく、フレーズや短文レベルでさまざまな表現がすぐ口から出せるようにするクイックレスポンスや、やや長文の英語を聞き、それを英語で再表現するDLSという手法なども活用して、英語がスムーズに口から出るよう訓練を重ね、日英通訳力の向上につなげます。(※DLS法=Dynamic Listening and Speaking Methodとは、通訳訓練をもとに開発された画期的なメソッドです。この学習法に興味がある方は、是非、国際研修室の本講座を受講してみてください。)

「同時通訳基礎」では、どのような訓練をするのでしょうか。逐次通訳の技術から同時通訳の技術へ、どのように移行していくのでしょうか。

音声教材を使って主に逐次通訳訓練を行います。原発言を速やかに理解し、スムーズに目標言語に置き替えることができるということが、逐次だけでなく同時通訳の基本でもあります。ここでも理解が大前提です。知らないことは理解できないので、さまざまな分野の用語や知識を蓄積します。同時通訳につなげるには、理解と訳出のスピードアップが必要です。そのために「頭ごなしの情報処理」のコツをつかみます。たとえば「My mother always tells me that I should never give up on my dreams」は、「母はいつも私に夢をあきらめるなと言います」という代わりに、「母はいつも言います。夢をあきらめるなと」という具合です。このような短い文は後ろから戻って訳す事も簡単ですが、文が長くなれば、理解が成立した部分をどんどん日本語にして出していかなければ、同時通訳では追いつかないからです。

「通訳のための英語発音クリニック」について、教えてください。

通訳者にとって、発音が良いということは自信にもつながり、一つの付加価値になると思います。ところが、通訳を教えている先生方の間で、受講生の個人的な欠点を指摘するような気がして指導しにくいとか、どう指導していいかわからないという声がありましたので、この発音クリニックを始めることになりました。今まで日本の学校ではほとんど教えられることがありませんでしたが、英語の発音・イントネーションにもルールがあります。大人になってからの学習には、そのルールを理解した上で練習をする方が効果的だと思います。たとえば「beat」と「bit」の母音は、長いか短いかだけではなく、質が違います。「John loves Mary」を「He loves her」と同じイントネーションで発音すると奇妙です。「on and on」は、音がつながって「怨念ノン」のように発音されます。そうしたルールを学び、発音の改善に取り組みます。

先生ご自身が音声学を勉強することになったきっかけをお聞かせください。

全くの偶然でしたが、「神様がご用意くださったチャンス」だとしか思えない偶然でした。通訳者になりたいという夢を抱きながらも、教えていただいていた先生に別の道へと促され、挫折した後のことです。絶対に留学して英語の力を強化したいと思っていた時でした。南カリフォルニアで1年間、日本語音声との比較をしながら英語の音声を学び、実際に発音を矯正してもらえるという、日本人の英語教師を対象にしたプログラムがあるという情報に出くわしたのです。1年間の効果は抜群でした。帰国後、改めて通訳学校に通い、通訳者になりましたが、あの時に習った発音の秘密をたくさんの人に伝えられたらと常に願っていました。

リスニングについても本を出されていますが、発音とリスニングを同時に強化すると、相乗効果を期待できるのでしょうか。

発音の指導を受けると、英語の音節の強弱や音のつながり、リエゾンとか連音とか言われる仕組みが分かってきます。たとえば、「appreciate」は ['pRIshiei](大文字を強く「t」はサイレント)のように発音されるので、知らないと聞き取りにくいです。また、日本語の音節は、母音「vowel/V」だけ、もしくは子音「consonant/C」と母音が「CVCV」と連なってできていますが、英語の音節は「tea-CV」であったり、「tree -CCV」であったり、「street-CCCVC」であったりとさまざまです。強弱の仕組みと組み合わさると、語尾の音と次の語の語頭の音がつながって、文字からは想像できない発音になります。たとえば、「That is a pretty woman」は「THA tsa pridy WUOmn」と発音されるという具合です。こうした仕組みを知って発音の練習をすると、リスニング強化にも効果があります。

NHKニュースの2か国語放送では日本語から英語へ、BS放送では海外メディアのニュースを英語から日本語へ通訳されていますが、それぞれどのような特徴がありますか。

NHKニュースの2か国語放送では、大方のニュースが事前に翻訳されますが、現地からのリポート、インタビューなど、原稿がない部分を同時通訳者が担当します。そのための同時通訳ではあるのですが、大きな緊張を強いられるという点が最大の特徴だと言えます。特に忘れられないのは、2001年9月11日にアメリカで同時多発テロが発生した時のことです。放送直前、「通訳さん、これ、今入ってきたの。入ったら同通でお願い!」と渡された原稿には、「ニューヨーク世界貿易センタービルに航空機が衝突!」というような文がほんの数行。小型機でも追突したのかしらと思いつつスタジオに入りました。すぐにアナウンサーが「今入ったニュースです」と、原稿を読み上げました。その後は「詳しい情報が入り次第お知らせします」と、次のニュースに移るのかと思ったのですが、「ニューヨークに中島記者がいます」と、そのまま続けるではありませんか。そして目の前で、乗っ取られた2機目が南タワーに突入する場面を同時通訳。その晩は24時までの同時通訳となりました。

一方、BS放送の海外メディアのニュースでは、文化や習慣、歴史的経験の違いを考えた時、訳出に苦労することがあります。たとえば、湾岸戦争当時、多国籍軍の発表の時によく使われた「killed 20 enemy combatants」というような表現の日本語訳です。これを「敵を殺害する」と訳したとします。「殺害」という訳語には、「悪い行為」というニュアンスがあり、これでは発表する側が自らの行為を罪人のように表現することになってしまいます。日本は長く平和を享受することができてきた幸運な国の一つですが、そのためもあってか、戦後生まれの通訳者の中には「敵を殺す」という表現を実感なしにそのまま訳すことがあると思います。当時のNHKのデスクとの間でもこうした点が議論となりました。「敵を成敗する」うーん、ちょっと古すぎる?「亡き者にする」これも時代劇みたい? 今も世界の「テロリストとの闘い」が続いています。ことばは生きていますので、こうしたこだわりを持ちながら分かりやすい通訳が出せるよう、それぞれの通訳者が日々奮闘しています。


ご自身のキャリアの中で、特に印象に残っている仕事は何ですか。

何と言っても、アジア太平洋国会議員連盟の年次総会で行った初めての海外出張、ナウル共和国という国での同時通訳です。当時師事していた先生のピンチヒッターで、しかも1人でした。国の所在地も知りませんでした。調べてみたら、太平洋のど真ん中。成田→グアム→クックアイランド→ナウルと、乗り継ぎ時間を合わせると36時間という旅でした。道路は1本、一周25キロほどという小さな島です。人口は3000人とか。美しい青い海に囲まれていましたが、鳥の糞でできた島です。化石化してリン鉱石となったのを、文字通り身を削って海外に輸出し外貨を稼いでいました。ホテルは1軒、雑貨屋が1軒。それでも、平屋ですが立派な会議場がありました。水や生ものは厳禁、2リットル入りのペットボトルを日本から6本持ち込みました。厳しい条件でしたが、度胸をつけていただきました。

通訳の仕事の醍醐味を教えてください。

めったにないのですが、ぴたっと寄り添ったように、スピーカーの言っていることが良くわかり、それをうまく通訳できた時の快感でしょうか。ほめられることはもちろん、ほとんど存在すら認められる事もなく、時には「東京から来た通訳機械が非常に良かった」などと言われ、機械のように思われているのだなと感じざるを得ないこともありますが、それでも嬉しい瞬間があります。ある会議の終了後、年配の男性が通訳ブースのドアをどんどんと叩きました。何かヘマをやったかと驚いて開けると、「やー、通訳さん、ありがとうございました。あなたたちのおかげで話が良くわかりましたよ。あの司会者はちゃんと通訳に礼を言うべきだったよねえ。なんだって言わなかったんだろう」と言われ、逆に慌てました。でも「これがあるからやめられない」のでしょう。

多忙の毎日の中で、どのようにリフレッシュされていますか。

私にとっては、一番難しい質問です。これといって趣味はありません。子育ては終わりましたが、今は母を介護しながら仕事をする日々です。仕事の他にも次から次へとこなさなければならないことがあり、休む暇がありません。間断なく次の事を考えて、こなしていく、もしかしたらそれが私のリフレッシュ方法なのかもしれません。さびしい事のようにも思われますが、私のような小人は「閑居すると不善をなす」ので、良いのでしょう。認知症の母ですが、「あなた誰?」「弓美子、お母さんの娘よ」「あら、驚いた。可愛いねえ」「ありがとう。お母さんの娘だから・・・。」こんな会話も心のオアシスです。