講師インタビュー

インタビューVol.4

齋藤 クリスティーナ先生

2010年 国際研修室「日→英放送翻訳」卒業。NHKで放送関連の仕事に携わるほか、官庁で日本の無形文化遺産に関する翻訳業務に従事。

担当コース
  • 実践!通訳・翻訳コース「翻訳英語」


「翻訳英語」の講座ではどのようなことを学ぶのでしょうか。「ライティング」や「日→英翻訳」とはどのように違いますか。

「ライティング」では、当然のことながら自分なりに作文をするわけですが、「翻訳英語」では、与えられた制約や条件に合わせて書いたり、リライトしたりします。日本の新聞に載っている風刺画や統計グラフについて解説文を書いたり、また、文章としてはあまり質が良いとは言えないような英文記事を、簡潔で分かりやすい文章にリライトしたりします。毎回の授業で、制限時間内に英文を仕上げる練習もします。学期の中盤を過ぎると、上級の「日→英翻訳」に備え、番組台本の翻訳などにも挑戦します。

「ライティング」では、書くための技術を習得することが目標ですが、「翻訳英語」では、ナチュラルな英文を書くことを目標とします。この「翻訳英語」のカリキュラムは、おそらく他校には例のない、国際研修室独特のプログラムだと思います。

風刺画や番組台本などは「ライティング」にはない教材ですが、初めて取り組む人には難しいでしょうか。

風刺画は、誰が見ても分かるように描かれていますが、その内容を説明しようとすると、難しく感じられることもあると思います。絵だけ見ているととても面白く、分かっているようなつもりになりますが、実際に英語で解説文を書き始めると、背景知識が不充分だったり、そこに込められている意味をつかみきれていないことに気づくことがあると思います。短い制限時間内で解説文を書き上げるためには、日頃からニュースや新聞に触れていなければならないのは、言うまでもありません。

番組台本の翻訳では、「NHKスペシャル」の台本を扱うことが多いです。14年度後期は「ミラクル・ボディー」の第1回目で放送された「ネイマール」を扱いました。ブラジルのサッカー選手、ネイマールの身体にセンサーをつけ、身体の動きを説明したものです。「クローズアップ現代」の「"緊急事態" エボラ出血熱 ~感染拡大は止められるか~」も扱いました。「翻訳英語」 のレベルでは、台本翻訳といってもイントロの部分しか翻訳しません。放送時間にすると5分程度で内容的に専門性が高いことはないのですが、番組台本となると、皆さんついつい時間をかけてしまうようです。しかし、これをできるだけ短時間で仕上げられるようにしなければなりません。

「翻訳英語」はどのような方が受講していますか。

一番多いのは、現在すでに翻訳の仕事をしているけれども、さらに英語のレベルを上げたいという方です。もちろん将来NHKで仕事をしたいという方もいますが、どの方も、英語力の底上げを目的として来ています。私は土曜日のクラスを担当しているので、会社員の方が多いです。IT関連にお勤めの方なども多いですね。平日の昼間のクラスであれば、主婦の方、さらにはお子さんが小さくても頑張っていらっしゃる方もいます。

受講生がよく苦労するのはどのような点ですか。それを克服するための学習法はありますか。

意外にカタカナ英語を使う方が多いので、それがとても気になります。イギリスやアメリカへの留学経験がある方の文にも、よく見受けられます。例えば、 日本語での「リフォーム」という単語は、家の改修などによく使われますが、英語では「reform my house」とは言いません。「renovate my home」が適切でしょう。「クレーム」という単語も、英語の「claim」とは違います。「苦情を言う」という意味であれば「complain」が近いと思います。指摘すると、皆さんすぐに「あっ」と気づくのですが、やはり癖になっているというか、もう染み付いてしまっているようですね。その染み付いてしまった感覚を取り払うには、結構時間がかかるようです。

また、文法では、絶対に守らなければいけないものもあれば、実際にはあまり守られていないものもあります。例えば、文法書にはよく「however は文頭に持ってきてはいけない」とありますが、ネイティブでも文頭に使う人は大勢いますし、そのような使い方をしても、ぎこちない印象を与えるような間違いというわけではありません。このような、文法書では説明しきれないような感覚、リズム、流れなどの加減をつかむのが、最も難しいのではないでしょうか。

そういった感覚を養うためには、やはりいろいろなものを読むのが一番効率のよい勉強法だと思います。新聞や「Newsweek」のような硬いものは読むけれども、本やショートストーリーは全く読まないという方も多いようです。しかし、それではニュースのような文体であれば書けるけれど、それ以外は書けない、ということになってしまいます。本やショートストーリー、さらには映画やドラマなどを通して、ナチュラルな英語を身につける努力を続けてほしいと思います。

先生のお薦めの本や、絶対に読んだ方がよいと思われる本を教えてください。

最近読んだ本の中では、Rakesh Satyal の「Blue Boy」がお薦めです。子供の話なのですが、視点が大人びていて、詩のように美しい表現や文章がたくさん含まれています。「Paula」は、著者の Isabel Allende が、昏睡状態になった娘の Paula のために書いたものですが、こちらも大変きれいな文で綴られています。Tim O'Brien の「The Things They Carried」はベトナム戦争の話ですが、まず兵士の所持品のリストが書かれていて、そこからそれぞれのストーリーにつながっていくという、とても面白い展開になっています。こういった普通とは少し違う書き方の本を読むことは、書くことのセンスを磨く上でとても勉強になると思います。

また、アメリカの高校生が学校で必ず読むようなものは、読んでおくべきでしょう。マーク・トウェイン、シェイクスピア、スタインベックなどの作品です。日本の学校でも、ひととおり代表的な文学作品を読むのと同じことです。

国際研修室講師の他には、どのような仕事をしていますか。

NHKの番組台本などの翻訳の他に、バイリンガルセンターから紹介していただいて、ある官庁に出向いて翻訳の仕事をしています。今年でもう3年になります。主に日本の無形文化遺産に関する資料の翻訳をしているのですが、伝統工芸に関わる言葉、お祭りで使われている言葉、その地方特有の言葉など、日本人でも聞いたことのない 言葉がたくさん出てきます。 さらにそれを、日本の文化を全く知らない人たちに読んでもらうのですから、どのように説明したら分かりやすいのか、それを考えるのが難しいです。例えば、 神社の祭礼などで使われる「山鉾」という言葉にしても、一言で置き換えることはできません。翻訳するときは、日本語をローマ字表記にしてカッコで説明を加えてみたり、やはり説明調の文を書いてみたりと、毎回苦戦しています。大変な仕事ですが、日本の文化が世界に的確に伝わるように心がけて翻訳に臨んでいます。

英訳するのに苦労したものや、面白いエピソードを聞かせてください。

以前、国際研修室の卒業生対象の翻訳ワークショップを受講していたときのことですが、「幽玄」を英語にするのに大変苦労しました。まず「幽玄」を日本語で説明すること自体、うまくできませんでした。神秘的とは違いますし、美しいという意味も含んでいます。それをどう言おうかと考えているうちに、また「幽玄」に戻ってしまい、日本語での説明だけでも大変でした。結局「quiet and elegant」という英語にしてみたのですが、先生から「mystical」が近いのではないかとアドバイスをいただきました。英語も日本語も、まだまだ勉強が必要だと思い知らされた一言でした。

また、先日アメリカの研究者への手紙を翻訳していたときのことです。差出人の方が、大変美しい言葉で季節の挨拶を書かれていたのですが、アメリカでは手紙に時候の挨拶を書く習慣はありませんので、その旨を説明し、省くことを了承していただきました。とはいえ、その方の気持ちを踏みにじってしまったようで、なんとも心苦しい思いが残りました。文化の違いが作る壁のようなものは、翻訳者が努力しても乗り越えられないことがあるのだと、改めて感じました。

もうひとつ、これは個人的なことですが、アメリカの友人に、日本のお菓子「ミルキー」をあげたことがありました。テレビCMでお馴染みの「ママの味」という キャッチフレーズのことを説明しようと思い、「懐かしい味」という意味のつもりで「It tastes like home」と訳してみたのですが、それでは「おふくろの味」というニュアンスになってしまうようで、うまく伝わりませんでした。いい訳を思いついた方がいらしたら、教えていただきたいです(笑)。

翻訳者を目指す方に、アドバイスをお願いします。

とにかく逃げずに継続することです。私が受講生だったとき、何度もやめようと思ったことがありましたが、それでも続けてきたことで、最終的に道が開けました。諦めずに続けていけば、いつかはなにかしら道は開けます。また、若い方で翻訳者や通訳者を目指している方へのアドバイスですが、英語が得意だからと いってすぐにこの道に入るのではなく、まずは社会人としての経験を充分に積んでもらいたいと思います。豊富な社会経験があってこそ、日本の社会や風土、文化について理解が深まります。それなくして外国の方に日本のことを伝えられるはずがありません。私自身、比較的早くこの業界に入ったため、仕事を始めてから、いかにそれが重要であったかを痛感しました

気分転換やストレス解消のためには、どのようなことをしていますか。

ストレスがたまったときは、よく散歩に出かけます。行き先を決めるのではなく、あまり何も考えずに、近所で買い物などしながら歩くのが好きです。あちこち歩き回って、迷子になりながら帰ってくることもあります(笑)。また、お風呂にゆっくり浸るのもいいですね。以前は浴室に本を持ち込んだりしたのですが、大事な本を湿気でダメにしてしまったことがあったので、それ以来、本を持ち込むのはやめました。最近はジムに通うようになりました。音楽を聴きながら運動をしたりウォーキングをしたりしています。座ってばかりだと気分もどんよりしてきますし、身体にもよくありません。座ってやる仕事とはいえ、翻訳もやはり体力勝負の仕事ですから。